高校生のためのロールズ

なぜロールズは社会全体を見るのか? 『社会の基本構造』という考え方

Tags: ロールズ, 正義論, 社会の基本構造, 制度, 公正, 倫理, 政治経済

はじめに:『正義論』は誰(何)の正義を考えるのか?

ジョン・ロールズの『正義論』を学ぶ上で、「一体これは何についての議論なんだろう?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。私たちは日常生活で「あの人の行動は正しい(正義だ)」とか、「この判断は公平だ」といったように、個人の行動や小さな出来事に対して正義や公正さを判断することがよくあります。

しかし、ロールズが『正義論』で主に焦点を当てるのは、個人の行動や選択そのものではありません。 彼が最も重視するのは、私たちの社会を形作る「社会の基本構造」と呼ばれるものの公正さです。

この記事では、なぜロールズが「社会の基本構造」に注目するのか、そして「社会の基本構造」とは具体的に何を指すのかを、高校生の皆さんにも分かりやすいように解説します。

ロールズが考える「社会の基本構造」とは?

ロールズが「社会の基本構造」(basic structure of society)と呼ぶのは、社会を構成する主要な制度の体系のことです。具体的には、以下のようなものが含まれます。

これらは、私たちがどのような社会で生まれ育ち、どのような機会を得て、どのような人生を送るかに、きわめて大きな影響力を持っています。個人の努力や能力だけではどうにもならない、人生の「スタートライン」や「道のり」そのものを左右するような力があるのです。

例えば、質の高い教育を受けられるかどうかが生まれ育った家庭の経済状況に大きく依存するような教育制度や、一部の人だけが莫大な富を築きやすい一方で、多くの人が貧困から抜け出しにくい経済制度などは、私たちの社会生活や将来の可能性に深く関わってきます。

なぜロールズは「社会の基本構造」の正義を重視するのか?

ロールズが個人の行動ではなく、社会の基本構造の公正さを最優先で考えるのには、いくつかの理由があります。

  1. 人生への影響力の大きさ: 前述の通り、基本構造は個人の人生の展望や機会に計り知れないほど大きな影響を与えます。どんなに個人的に誠実に生きていても、社会の基本的なルールが不公正であれば、不利益を被ったり、正当な機会を得られなかったりする可能性があります。
  2. 根本的な原因への着目: ロールズは、社会における様々な不平等や不正義の多くが、個人の悪意や失敗というよりも、社会の基本的な制度の設計そのものに根差していると考えます。例えば、貧困問題は個人の怠慢だけでなく、雇用の仕組み、賃金、社会保障制度などが複雑に絡み合って生じていることが多いでしょう。
  3. 公正な基盤の確立: 公正な社会を作るためには、まず土台となる「基本構造」が公正であることが不可欠だと考えます。基本構造が公正であれば、その中で行われる個々の行為や選択も、より公正なものになりやすいと期待できます。逆に、土台が歪んでいれば、その上でどんなに個人的な努力をしても、社会全体の公正さを実現するのは難しい、という考え方です。

例えるなら、基本構造はゲームの「ルール」のようなものです。個々のプレイヤー(個人)がどれだけ一生懸命プレイしても、ルールのほうに偏りがあったり、特定のプレイヤーだけが有利になるように作られていたりしたら、ゲーム全体は公正にならないでしょう。ロールズは、まずこの「ルールそのもの」が公平であるべきだと主張したのです。

授業での問いかけや議論のヒント

これらの問いを通して、生徒たちが自分たちの社会が様々な「制度」によって成り立っており、それらが個人の人生に深く関わっているという視点を持つことができます。そして、ロールズがなぜ「社会の基本構造」の公正さを追求したのか、その重要性を理解する助けになるでしょう。

まとめ

ジョン・ロールズの『正義論』が焦点を当てる「社会の基本構造」とは、私たちの社会を形作る主要な制度の体系であり、個人の人生に決定的な影響を与えるものです。ロールズは、公正な社会を実現するためには、まずこの基本構造そのものが公正でなければならないと考えました。彼の議論は、単に個人の道徳や行動を考えるだけでなく、私たちが生きる社会のあり方、その根本的なルールや制度の公正さについて深く考えることの重要性を示していると言えるでしょう。