高校生のためのロールズ

ロールズが理想とする社会の形とは? 財産所有の民主主義を考える

Tags: ロールズ, 正義論, 財産所有の民主主義, 福祉国家, 社会体制

正義のルールを実現する「社会の形」とは?

これまで、ジョン・ロールズの『正義論』における「正義の二原理」(基本的自由の平等と、機会均等および格差原理)について解説してきました。公正な社会のルールがどのようなものであるべきか、という問いに対するロールズの答えです。

しかし、公正な社会を実現するためには、ルールだけでは不十分です。そのルールをどのように「社会の仕組み」として具体的に作り上げるか、つまり「社会体制」も非常に重要になります。ロールズは、自身の正義の原理が最もよく実現できる理想的な社会体制として「財産所有の民主主義(property-owning democracy)」という考え方を提示しました。

今回は、この「財産所有の民主主義」とはどのようなものなのか、そしてなぜロールズがこれを理想と考えたのかを、高校の授業で生徒に分かりやすく説明するためのポイントと合わせてご紹介します。

ロールズが描く「財産所有の民主主義」とは

「財産所有の民主主義」とは、言葉の響きから「みんながお金持ちの民主主義」のように聞こえるかもしれませんが、そう単純な話ではありません。これは、社会全体の生産手段や資本の所有を広く分散させ、すべての市民が社会経済活動に公正に参加できる機会を確保することを目指す社会体制です。

具体的には、以下のような特徴が挙げられます。

「財産所有の民主主義」と「福祉国家資本主義」はどう違う?

現代社会において、ある程度の社会保障や再分配を行っている国は多く存在します。これを「福祉国家資本主義(welfare-state capitalism)」と呼ぶことがあります。一見、「財産所有の民主主義」と似ているように思えるかもしれませんが、ロールズは両者には重要な違いがあると考えました。

最も大きな違いは、「どこで不平等を是正しようとするか」という点です。

ロールズは、福祉国家資本主義では、大きな所得格差が固定化されやすく、特に社会的に不利な立場にある人々が社会の協力システムに主体的に参加しているという感覚を持ちにくいと考えました。これに対し、「財産所有の民主主義」は、より根源的に不平等の原因に対処し、市民一人ひとりが経済的基盤を持ち、社会全体の生産に公正に参加できる状態を目指すため、正義の二原理、特に公正な機会均等格差原理、そして公正な政治的自由をより良く実現できると考えたのです。

教育現場での活用ヒント

このテーマを授業で扱う際に、生徒の理解を深め、議論を促すためのヒントをいくつかご紹介します。

  1. 現代社会との関連付け: 日本を含む多くの先進国は「福祉国家」的な側面を持っています。現代社会における格差の問題(所得格差、教育格差など)を取り上げ、これが福祉国家の枠組みの中で生じているのか、それとも別の体制が必要なのか、という問いかけからロールズの議論を導入できます。
  2. 具体例や比喩の活用: 上記で用いた「レース」の比喩は、スタートラインと結果のどちらを重視するかの違いを説明するのに役立ちます。また、「親の経済状況で子どもの教育機会が決まってしまう状況」などが、ロールズが是正しようとした「スタートラインの不公平」の具体例として考えられます。
  3. 生徒への問いかけ:
    • 「もしあなたが社会の仕組みをゼロから決められるとしたら、結果の不平等を是正する制度と、スタートラインの不平等を是正する制度、どちらをより重視しますか?それはなぜですか?」
    • 「『財産所有の民主主義』のような社会は、本当に実現可能だと思いますか? どのような課題があるでしょう?」
    • 「教科書で学ぶ『資本主義』や『社会主義』といった経済体制の議論に、ロールズの『財産所有の民主主義』という視点を加えることで、どのような見方ができますか?」
    • 「なぜロールズは、単に『全員が最低限の生活を送れるようにする』だけでなく、『誰もが社会に公正に参加できる経済的基盤を持つこと』が重要だと考えたのでしょう?」
  4. 他の概念との結びつき: 正義の二原理(特に機会均等と格差原理)、基本的自由、そして社会の基本構造といった、これまでに学んだロールズの他の概念が、「財産所有の民主主義」という具体的な体制とどのように結びついているかを確認することで、理解を深めることができます。

まとめ

ロールズの「財産所有の民主主義」は、『正義論』で示された公正な社会の原理を、具体的な制度としてどのように実現するかという彼の思考を示すものです。単なる所得の再分配に留まらず、富や機会の源泉そのものを公正にすることを目指すこの考え方は、現代社会における格差や機会不平等の問題を考える上でも、重要な視点を与えてくれます。

授業でこの概念を扱う際には、福祉国家との比較を通してその特徴を明確にし、具体的な比喩や生徒への問いかけを活用することで、難解な哲学的な議論をより身近な社会問題として捉え直すことができるでしょう。