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未来の世代への義務とは? ロールズの『世代間の正義』を解説

Tags: ロールズ, 正義論, 世代間正義, 無知のヴェール, 世代間貯蓄の原理, 倫理, 政治経済

未来の世代への責任を考える

私たちは今、地球環境問題、資源の枯渇、高齢化による社会保障費の増大など、将来の世代に影響を与えるさまざまな課題に直面しています。これらの課題について考えるとき、「私たちは未来の世代に対して、どのような責任を負うべきなのだろうか?」という問いが浮かびます。自分たちが使う資源やお金を、将来世代のためにどの程度残しておくべきなのでしょうか。

このような問いは、政治哲学における「世代間の正義(intergenerational justice)」という重要なテーマに関わっています。ジョン・ロールズも、その主著『正義論』の中で、この難しい問題に正面から向き合いました。

なぜ世代間の正義は難しいのか

世代間の正義を考えるのが難しい理由はいくつかあります。

まず、異なる世代の人々は直接的に交流したり、契約を結んだりすることができません。 今生きている私たちが、まだ生まれていない将来の世代と交渉することは不可能です。

次に、将来の世代がどのような人々になり、何を価値と考えるのか、私たちは完全に知ることができません。 私たちの価値観や技術が、そのまま将来も通用するとは限らないからです。

しかし、それでも私たちは将来の世代のために何かをすべきだと直感的に感じます。地球をひどく汚染したり、借金を将来に押し付けたりするのは不公正だと考える人が多いでしょう。ロールズは、この直感的な公正さの感覚を、自身の「公正としての正義」の枠組みの中でどう説明できるかを探求しました。

「無知のヴェール」と世代間の正義

ロールズは、公正な社会のルール(正義の原理)を考えるための思考実験として「原初状態(Original Position)」「無知のヴェール(Veil of Ignorance)」を提案しました。原初状態では、社会のルールを決める人々は「無知のヴェール」によって、自分が社会のどの立場にいるか、どんな才能や価値観を持っているかを知ることができません。

世代間の正義を考える際、ロールズはさらにこの無知のヴェールの条件を広げます。それは、自分がどの世代に生まれるかについても知らないという条件です。

想像してみてください。あなたが、過去、現在、未来のどの世代に生まれるか分からないとします。そして、あなたが生まれる可能性のあるどの世代でも、最大限に良い生活を送れるような社会の仕組みを設計しなければならないとしたら?

あなたが過去の世代に生まれる可能性もあれば、遠い未来の世代に生まれる可能性もあります。もしあなたが将来の世代に生まれるとしたら、過去の世代が何もかも使い果たしてしまい、ひどい環境と莫大な借金だけを残していった社会には生まれたくないでしょう。

「世代間貯蓄の原理」

自分がどの世代に生まれるか分からない、という無知のヴェールの下で、原初状態の参加者は合理的に考えて、どのような原理に合意するでしょうか。ロールズは、彼らは「世代間貯蓄の原理(Just Savings Principle)」と呼ばれるものに合意するだろうと考えました。

この原理は、簡単に言えば、各世代は、それ以前の世代が築いた文明や資本(知識、技術、制度、インフラなど)を持続させ、さらに「公正な」量の蓄積を加えて、それを次の世代に引き渡す義務があるという考え方です。

この「貯蓄」は、単にお金を貯めることだけではありません。環境を保全すること、教育水準を維持・向上させること、安定した社会制度を維持することなども含まれます。

では、「公正な」量の貯蓄とはどのくらいでしょうか? ロールズは、これは社会がある程度の経済発展を遂げ、公正な基本制度が確立されれば、その蓄積率は次第にゼロに近づくと考えました。つまり、貧しい社会ではある程度の蓄積が必要ですが、豊かな社会では現状を維持し、知識や文化を継承することに重点が移っていくということです。しかし、これは具体的な貯蓄率を示すものではなく、あくまで世代間の義務の基本的な考え方を示したものです。

授業での問いかけや議論のポイント

まとめ

ロールズの『正義論』における世代間の正義論は、単に感情や倫理的な感覚に頼るのではなく、「公正としての正義」という枠組みの中で、未来の世代に対する私たちの義務を理論的に根拠づけようとする試みです。無知のヴェールの下で世代を知らないという条件は、私たちに特定の世代の利益にとらわれず、全ての世代にとって公正な社会のあり方を考えることを促します。

環境問題や経済格差など、世代を超えて影響する現代の課題を考える上で、ロールズの世代間正義の考え方は、重要な視点を提供してくれます。生徒の皆さんが、これらの問題について深く考えるきっかけとなることを願っています。