「公正」ってどういうこと？ ロールズの正義論の土台を考える
ロールズの正義論における「公正」とは何か
ジョン・ロールズの主著『正義論』は、「公正としての正義（Justice as Fairness）」という考え方に基づいています。この「公正（fairness）」という言葉が、ロールズの正義論を理解する上で非常に重要な鍵となります。では、ロールズが考える「公正」とは具体的にどういう意味なのでしょうか。そして、なぜ彼は正義を考える上で「公正」を重視したのでしょうか。
なぜ「公正」が正義の土台なのか？
私たちは日常生活でも、「公正な取引」「公正な選挙」「公正な判断」といった言葉を使います。ここでの「公正」は、えこひいきがなく、誰にとっても公平なルールや手続きに従っている状態を指すことが多いでしょう。ロールズも、社会の基本的なルールや制度が正義に適っているかどうかを考える上で、このような「公正さ」を出発点としました。
彼は、正義とは特定の価値観や人生の目的に基づくものではなく、多様な価値観を持つ人々が公正な手続きによって合意できる原理であるべきだと考えました。つまり、正義の原理そのものが公正であることを目指したのではなく、公正なプロセスや状況から導き出されるものが正義である、と考えたのです。これが「公正としての正義」という名前の由来です。
公正な状態を生み出すための思考実験：原初状態と無知のヴェール
では、どうすれば「公正な手続き」や「公正な状況」を作り出すことができるのでしょうか。ロールズは、これを考えるために有名な思考実験を用いました。それが「原初状態（original position）」と「無知のヴェール（veil of ignorance）」です。
想像してみてください。あなたが生まれてくる社会のルールを、生まれる前に話し合って決めるとします。この話し合いの場が「原初状態」です。そして、この時あなたは「無知のヴェール」によって、自分がどんな人間として生まれてくるか（性別、肌の色、才能、財産、社会的な地位、さらには自分の価値観や将来の目標など）を知ることができません。
この「無知のヴェール」があることによって、話し合いの参加者は自分の個人的な情報や利益に基づいてルールを選ぶことができなくなります。例えば、自分が金持ちになると分かっていれば金持ちに有利なルールを、貧乏になると分かっていれば貧乏に有利なルールを選ぼうとするかもしれません。しかし、自分がどちらになるか分からないので、そのようなえこひいきはできません。
この状況で、人々は何を基準に社会のルールを選ぶでしょうか？ 自分が最も不利な立場になる可能性も考えられるため、誰がどの立場になっても、最低限守られる権利や、不利になりすぎないための保障があるようなルールを選ぼうとするはずです。ロールズは、この「無知のヴェールに覆われた原初状態」こそが、公正な合意を生み出すための状況であると考えました。なぜなら、参加者全員が、自分の個人的な事情に左右されず、公正な視点から社会のルールを検討せざるを得ないからです。
公正な手続きから導かれるもの：正義の二原理
そして、ロールズは、この公正な原初状態において人々が合理的に選択すると考えた社会の基本原理を「正義の二原理」として提示しました。
- 第一原理：基本的自由の平等な権利 すべての人が、他者の自由と両立しうる限りで、最も広範な基本的自由に対して平等な権利を持つべきである。
- 第二原理：社会経済的な不平等の調整 社会経済的な不平等は、以下の二つの条件を満たす場合にのみ許容される。 (a) 機会の公正な平等：すべての公職や地位は、公正な機会の平等という条件のもと、すべての人に開かれていなければならない。 (b) 格差原理：社会で最も不利な立場にある人々の利益を最大にするように運用されなければならない。
これらの原理は、「無知のヴェール」のもと、誰もが自分にとって不利にならないように慎重に考えた結果として、「公正に」選ばれるとロールズは主張しました。特に第二原理の(b)格差原理は、自分が最も不利な立場になる可能性を考慮した上で、その立場の人々が最も恩恵を受けるようなルールを選ぶ、という公正な配慮の結果と考えられます。
つまり、ロールズにとっての「公正」とは、単に結果が平等であることだけではなく、結果を生み出す手続きや状況そのものが、誰もが納得できる、えこひいきのないものであることを意味するのです。
授業での問いかけのヒント
- もしあなたが生まれてくる前に、社会のルールを決める話し合いに参加するとしたら、どんなルールを提案しますか？ ただし、自分がどんな家庭に生まれるか、どんな才能を持っているかは全く分からないとします。
- 私たちの学校のルールは「公正」だと感じますか？ もし変えるとしたら、どんなルールにしますか？ そのルールが「公正」であると言える理由は何ですか？
- 「公正な取引」や「公正な選挙」といった言葉を聞いたことがありますか？ ここで言う「公正」は、ロールズの言う「公正」と似ていますか、それとも違いますか？
- 格差原理は「最も不利な立場の人々の利益を最大にする」という考え方ですが、これは社会にとって「公正」だと言えるでしょうか？ どのような点で公正であり、どのような点で公正ではないと感じますか？
これらの問いかけを通して、生徒たちはロールズの「公正」という概念が、私たちの社会やルールのあり方を考える上で、いかに重要で示唆に富むものであるかをより深く理解できるでしょう。
ロールズの正義論は、理想的な状況から出発して社会の基本原理を導き出そうとします。その土台にある「公正」という考え方は、多様な人々が互いを尊重しつつ、共に生きるための共通の基盤を見つけようとする試みと言えるでしょう。