ロールズの正義論が保障する『基本的自由』とは? 立憲民主制との関係を考える
『正義論』で公正な社会の姿を描いたジョン・ロールズは、その社会の基本ルールとして「正義の二原理」を提示しました。特に第一原理は、社会を構成する全ての人々が平等に持つべき「基本的自由」について述べています。では、ロールズが考える「基本的自由」とは具体的にどのようなもので、なぜそれは公正な社会にとって最も重要なのでしょうか。そして、その自由を保障するために、どのような政治制度が必要とされるのでしょうか。今回は、ロールズの『正義論』における「基本的自由」に焦点を当て、その内容と立憲民主制との関係を解説します。
公正な社会の土台となる「基本的自由」
ロールズの正義の第一原理は、「各人は、他の人々の同様な自由のシステムと両立しうる、平等な基本的自由の最も広範なシステムに対する平等な権利をもつべきである」と述べています。これは、公正な社会では、全ての人が同じように、最大限の自由を持つべきであり、その自由は他の人の自由とぶつからない範囲で認められる、という考え方です。
この「基本的自由」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか。ロールズは、以下のようなものを例として挙げています。
- 思想の自由、良心の自由: どのようなことを信じ、どのような価値観を持つか、という個人の内面の自由です。宗教を信じる自由、信じない自由などもここに含まれます。
- 政治的自由: 選挙で投票したり、立候補したり、政治活動に参加したりする自由です。これは、公正な政治プロセスを保障するために不可欠です。
- 結社の自由: 特定の目的のために集まり、組織を作る自由です。これは、市民が共通の関心事を追求したり、政治的な意見を表明したりするために重要です。
- 身体の自由: 自分の身体を自分で管理し、何をどこで行うかを比較的自由に決められる自由です。移動の自由なども含まれます。
- 財産権: 個人が財産を持つ自由です。ただし、これは絶対的なものではなく、社会全体の公正さを損なわない範囲での権利とされます。
- 法の支配によって保障される自由: 逮捕や拘束が恣意的でなく、定められた法的手続きに則って行われるなど、法の下での公正な扱いを受ける自由です。
これらの自由は、人々が「無知のヴェール」の背後で、自分自身の人生計画を合理的に考え、追求するために不可欠だと考えられます。自分がどのような考えや価値観を持つ人間になるか分からない原初状態において、誰もが最低限保障しておきたいと考える自由だからです。
なぜ「基本的自由」は最も優先されるのか
ロールズは、正義の二原理には優先順位があると考えました。第一原理(基本的自由の原理)は、第二原理(格差原理や公正な機会均等原理)に優先します。つまり、社会全体の富が増えたり、機会が平等になったりすること(第二原理に関わること)を理由に、基本的な自由を制限することはできない、ということです。
例えば、貧困を解消するために個人の思想や政治活動の自由を制限したり、経済的格差をなくすために移動の自由を奪ったりすることは、ロールズの正義論においては認められません。これは、基本的な自由が、人間が人間らしく生き、自分の人生を自分で選び取るための土台であり、それがないと、どれだけ経済的に豊かになっても、真の意味で公正な社会とは言えない、という考えに基づいています。
「基本的自由」を保障する制度:立憲民主制
ロールズは、これらの基本的な自由を効果的に保障し、人々の権利を守るためには、立憲民主制という政治制度が最も適していると考えます。
立憲民主制は、憲法によって国家権力を制限し、個人の権利や自由を保障する制度です。具体的には、以下のような要素がロールズの考える「基本的自由」の保障と深く結びついています。
- 権利章典(Bill of Rights): 憲法の中で、国民の基本的な権利や自由を明確に定め、国家による侵害を防ぐ条項です。これは、思想・良心の自由、表現の自由、集会の自由、身体の自由などを具体的に保障します。
- 法の支配(Rule of Law): 権力者も含め、全ての人が法に従い、法によって統治されるという原則です。これにより、逮捕や裁判などが恣意的に行われることがなく、法の下での平等な扱いが保障されます。これは、上記で触れた「法の支配によって保障される自由」そのものです。
- 権力分立(Separation of Powers): 国家権力を行政府、立法府、司法府に分け、互いに抑制し合う仕組みです。これにより、特定の機関に権力が集中し、国民の自由が侵害されることを防ぎます。司法府が、個人の権利を侵害する法律や政府の行為に対して、違憲審査などによってチェックする役割は特に重要です。
- 公正な選挙制度: 政治的自由を保障するための基盤となります。誰もが平等に投票し、代表者を選び、政治に参加できる機会が保障されることが、公正な社会を維持するためには不可欠です。
ロールズの正義の第一原理は、これらの制度的な保障を通じて実現されるべき基本的な自由の内容を提示していると言えます。公正な社会とは、単に富が平等に分配されるだけでなく、全ての人が等しく、自分の人生を自由に選択し、社会の意思決定に参加できる基本的な自由が最大限に保障されている社会なのです。
授業で考えてみましょう
- あなたが考える「絶対に失いたくない自由」は何ですか? それはなぜですか? ロールズが挙げた「基本的自由」と比べてみましょう。
- 現代の日本社会において、ロールズが考えた「基本的自由」はどの程度保障されていると思いますか? どのような課題や問題があるでしょうか? (例:表現の自由とプライバシー、報道の自由と国家機密など)
- もし、経済的な豊かさを手に入れるために、一部の自由を諦めなければならないとしたら、あなたはどう考えますか? ロールズの正義の原理は、この問いにどう答えるでしょうか?
- 立憲民主制の仕組み(権利章典、法の支配、権力分立など)が、私たちの自由を守る上でどのように機能しているか、具体例を挙げて説明してみましょう。
ロールズの「基本的自由」という考え方は、私たちが当たり前だと思っている自由の意味や重要性を改めて問い直し、公正な社会の基盤となる制度について深く考えるヒントを与えてくれます。