なぜ公正な社会には『義務』がある？ ロールズの正義論における義務と責務を考える
なぜ私たちは社会のルールを守る「義務」があるのでしょうか？
私たちは日々の生活の中で、さまざまなルールや法律に従って生きています。信号が赤なら止まる、税金を納める、困っている人がいたら助ける、といったことです。これらは多くの場合、「そうするべきこと」「そうしなければならないこと」として認識されています。
しかし、改めて考えてみると、なぜ私たちはこれらのルールを守る「義務」があるのでしょうか？ 誰かが作ったルールだから？ それを守らないと罰せられるから？
ジョン・ロールズの『正義論』は、公正な社会の基本的なルール（正義の原理）がどのように決められるべきかを論じますが、同時に、公正な社会が維持されるためには、その社会の構成員がある種の「義務」や「責務」を果たす必要があると考えます。今回は、ロールズが考える、公正な社会を支える「義務」と「責務」について見ていきましょう。
公正な社会を支える「義務」と「責務」
ロールズは、社会のメンバーが守るべきこととして、主に二つの種類の考え方を区別します。それは「自然的義務（natural duties）」と「責務（obligations）」です。これらは似ていますが、その根拠や適用範囲に違いがあります。
ロールズは、公正な社会が安定的に機能するためには、社会のメンバーがこれらの義務や責務を果たすことが重要だと考えます。
すべての人に共通する「自然的義務」
まず「自然的義務」についてです。ロールズにとって、自然的義務とは、特定の行動や同意とは関係なく、すべての人間に共通する義務です。これらの義務は、私たちが単に人間であるということ、道徳的な存在であるということから生じると考えられます。
ロールズが挙げる重要な自然的義務には、以下のようなものがあります。
- 相互扶助の義務: 困っている人を助ける義務です。危険にさらされている人、助けを必要としている人に対して、自分にとって過度の危険や損失にならない範囲で援助する義務があります。
- 相互尊敬の義務: 他者を道徳的な人格として尊重する義務です。これは、他者の意見を聞く、彼らの主張を理解しようと努める、といった態度に表れます。また、不必要な残酷さや暴力から他人を傷つけないという義務も含まれます。
- 公正な制度を支持する義務: 公正な制度が存在する場合、それを維持し、強化する義務です。また、まだ公正でない制度に対しても、それが一定の基準を満たしており、かつ、より公正な制度の設立を妨げない限り、従う義務がある場合があります。
これらの自然的義務は、原初状態において無知のヴェールの下で考えれば、誰もが同意するであろう義務だとロールズは考えます。自分が社会の誰になるか分からない状況で、もし自分が困った立場になった時に助けてほしいと思うでしょうし、誰からも尊敬されたいと思うでしょう。また、自分が公正な社会の恩恵を受けるならば、その社会のルールを支えることに同意するはずです。
【授業での問いかけヒント】 * 「皆さんが考える『人として当たり前に守るべきこと』は何ですか？ それはロールズの考える自然的義務と似ていますか？」 * 「困っている友達を見かけたら、助けるのはなぜでしょう？ それは『義務』ですか？ それとも別の理由ですか？」 * 「電車の中でお年寄りに席を譲るのは、義務でしょうか？ それとも善行でしょうか？ ロールズの相互扶助の義務と関連付けて考えてみましょう。」
特定の行動や役割から生じる「責務」
次に「責務」です。ロールズにとって、責務とは、特定の行動（約束をすること、協定を結ぶことなど）や、社会の構成員として公正な制度に参加し、その恩恵を受けることから生じる義務です。これは、自然的義務のようにすべての人に共通するのではなく、特定の個人やグループに適用されるものです。
最も典型的な責務は、「公正な制度の責務」です。公正な社会の枠組みの中で活動し、その制度から利益を得ている人々は、その制度が要求するルールに従う責務を負います。例えば、公正な選挙制度のもとで選ばれた政府の法律に従うことや、公正な税制に従って税金を納めることなどがこれにあたります。
また、特定の役割や立場に伴う責務もあります。例えば、
- 教師の責務: 生徒に質の高い教育を提供する。
- 生徒の責務: 学校のルールを守り、学ぶ努力をする。
- 公務員の責務: 公共の利益のために誠実に職務を遂行する。
これらの責務は、公正な制度が存在し、自分がその制度に参加している（あるいはその制度によって守られている）ことを前提として生じます。
【授業での問いかけヒント】 * 「学校には様々なルールがありますが、なぜ皆さんはそれらのルールを守る『責務』があると考えられますか？ 学校という『公正な制度』から何か利益を得ていますか？」 * 「税金を納めるのは、どういう『義務』あるいは『責務』だと考えられますか？ 納税はなぜ必要なんでしょう？」 * 「自分が将来就くかもしれない仕事には、どんな『責務』があるでしょうか？ その責務はどこから生まれるのでしょう？」
自然的義務と責務の違い
二つの概念の主な違いをまとめましょう。
| 特徴 | 自然的義務 | 責務 | | :------------- | :--------------------------- | :--------------------------- | | 根拠 | 道徳的な存在であること | 特定の行為（約束など）や公正な制度への参加・利益享受 | | 適用範囲 | すべての人間に共通 | 特定の個人やグループ、役割 | | 例 | 相互扶助、相互尊敬、公正な制度を支持する | 公正な法律に従う、税金を納める、特定の役職の職務 |
ロールズは、これらの義務と責務を果たすことが、公正な社会の安定性に不可欠だと考えます。人々が公正な制度を進んで支持し、お互いを尊重し助け合うことで、社会はまとまりを保ち、長期にわたって公正であり続けることができるのです。
まとめ
ロールズの正義論では、公正な社会は単に制度設計の問題だけでなく、その社会に生きる一人ひとりが果たすべき「義務」と「責務」によっても支えられています。すべての人が持つ「自然的義務」と、公正な制度への参加などから生じる「責務」。これらを理解することは、私たちがなぜ社会のルールに従い、お互いを尊重し、社会に貢献する必要があるのかを考える上で重要な視点を与えてくれます。
これらの考え方を参考に、皆さんのクラスで「公正な社会に生きる私たちの義務や責任とは何か？」について議論してみてはいかがでしょうか。