ロールズが描く『公正な社会』の自由と平等:『正義論』の土台となる考え方
はじめに:公正な社会と「自由」・「平等」
私たちの社会を考える上で、「自由」と「平等」は非常に大切な価値観です。誰もが自分の意思で行動できる自由を持ちたいと願いますし、同時に、生まれや環境に左右されず、誰もが人間としての尊厳を持ち、公正に扱われる平等な社会であってほしいと考えます。
しかし、現実には自由を追求すると格差が広がり、平等を強く求めすぎると自由が制限されるのではないか、という難しい問題に直面することがあります。この「自由と平等」という、ともすれば対立しがちな価値観を、一つの「公正」な社会の枠組みの中でいかに両立させるか。これは政治哲学の大きな問いであり、ジョン・ロールズの主著『正義論』がまさに挑んだ課題の一つです。
今回は、ロールズが考える『公正な社会』が、どのように自由と平等を位置づけ、両立させようとするのか、その土台となる考え方を見ていきましょう。
ロールズはなぜ自由と平等を重視するのか?
ロールズの哲学は、「リベラリズム」という思想の伝統に深く根ざしています。リベラリズムは、何よりも個人の尊厳と自由を重んじる考え方です。ロールズもこの考え方を土台とし、一人ひとりの市民が、多様な価値観や人生設計を持ちながら、互いに尊重し合い、協力して生きていける社会のあり方を追求しました。
彼が目指したのは、単に多数派の幸福を最大化する社会(功利主義が目指すような社会)ではなく、たとえ少数派であっても、あるいは特定の考え方を持っていたとしても、基本的な権利や自由が保障され、公正に扱われる社会です。そして、そのためには、単に法律の上での形式的な自由や平等だけでなく、市民が実際に自らの人生を歩む上で必要となる「実質的な」自由や機会の保障が不可欠だと考えました。
ロールズの「公正としての正義」における自由と平等
ロールズが提案する「公正としての正義(Justice as Fairness)」は、自由と平等の両立を具体的に追求するための原理に基づいています。有名な正義の二原理が、この両立を目指すための基本的なルールです。
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第一原理:基本的自由の平等 「各人は、他者に対するのと同程度の最も広範囲にわたる基本的自由の平等な制度に対する等しい権利を持つべきである。」
これは、すべての市民が、政治的自由(投票の自由、集会の自由など)、言論の自由、思想・良心の自由、身体の自由、個人の財産を持つ自由など、社会の基本的な権利や自由を平等に持つことを保障する原理です。ロールズはこれらの基本的自由が何よりも優先されるべきだと考えました。つまり、たとえ経済的な利益のためであっても、基本的な自由が侵害されるべきではない、ということです。これは個人の尊厳を守るための、揺るぎない自由の保障です。
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第二原理:社会経済的不平等の調整 社会経済的な不平等は、以下の二つの条件を満たす場合にのみ許容される。 (a) 格差原理:最も不遇な立場にある人々の期待を最大限に高めるように(つまり、最も不利な人々の利益になるように)運用されること。 (b) 公正な機会均等:公正な機会の平等という条件のもとで、すべての人に開かれている職務や地位に付随するものであること。
この第二原理は、社会や経済における「平等」をどのように考えるかを示しています。ロールズは、社会に全く格差がない状態を目指すわけではありません。しかし、格差が存在するならば、それは単に一部の人が豊かになるためではなく、社会の中で最も恵まれない人々の状況が改善されるためでなければならないと考えました(格差原理)。これは、単なる結果の平等ではなく、社会全体の協力を通じて、最も助けが必要な人々の状況を底上げしようとする考え方です。
そして、どのような地位や職務に就く機会も、生まれや家庭環境ではなく、個人の能力や努力に基づいて公正に開かれているべきだと主張します(公正な機会均等)。これは、単なる形式的な「誰でもなれる」ではなく、教育の機会の平等など、実際に機会が均等になるような社会的な仕組みが必要だという視点です。
自由と平等の「両立」は可能か? ロールズの試み
ロールズの正義の二原理は、第一原理(自由)が第二原理(不平等)に優先するという特徴があります。これは、たとえ社会全体の経済的な利益が増進されるとしても、基本的な自由が犠牲にされてはならない、というロールズの強い意志を示しています。
しかし、同時に第二原理によって、単なる自由放任による格差の拡大を許容せず、機会の平等と、最も不利な人々の状況改善を重視することで、実質的な平等の追求も怠りません。
ロールズは、この二つの原理を組み合わせることで、個人の基本的な自由を最大限に保障しつつ、社会経済的な不平等を是正し、すべての市民が尊厳を持って公正に扱われる社会、すなわち自由と平等が両立する「公正な社会」を実現しようと考えたのです。彼の議論は、私たちがどのような社会を目指すべきか、自由と平等という価値観をどう現実の制度に落とし込むべきか、という問いに対して、一つの有力な道筋を示していると言えるでしょう。
授業での問いかけのヒント
- 私たちの社会には、ロールズが言うような「基本的自由」はどのように保障されているでしょうか? 逆に、侵害されていると感じる場面はあるでしょうか?
- 「公正な機会均等」を実現するためには、どのような社会的な仕組みが必要だと思いますか? 例えば、教育制度について、ロールズの考え方から見て改善できる点はありますか?
- 「格差原理」に従うとしたら、今の社会の貧富の差や格差について、どのような見方ができるでしょうか? 最も不利な人々の状況を改善するために、どのような政策が考えられるでしょうか?
- 自由と平等の両立は、本当に可能だと思いますか? ロールズの考え方に賛成できる点、疑問に思う点はどこですか?
ロールズの『正義論』は難解に思えるかもしれませんが、彼が真剣に考え抜いた「自由と平等の両立」という問題は、現代社会を生きる私たちにとっても非常に身近で重要なテーマです。これらの問いを生徒さんと共に考えることで、『正義論』の意義や、自分たちが暮らす社会について深く理解するきっかけになるでしょう。