自由と平等、どちらが大切？ ロールズの正義の二原理の「優先順位」を考える
はじめに：自由と平等、どちらを優先すべきか？
高校の倫理や政治経済の授業で、社会のルールや制度について考えるとき、「自由」と「平等」という二つの大切な価値観が出てくることが多いと思います。この二つは、時としてお互いに対立するように見えたり、どちらを優先するかで意見が分かれたりします。
例えば、 * 「経済活動の自由を最大限に認めるべきか、それとも貧富の差を小さくするために所得の再分配を強化すべきか？」 * 「個人のプライバシーの自由を守るべきか、それとも公共の安全のために個人の情報収集を認めるべきか？」
など、私たちの社会には自由と平等のバランスをどう取るかという難しい問題がたくさんあります。
ジョン・ロールズは、公正な社会の基本ルールとして「正義の二原理」を提唱しました。 第一原理：基本的な自由の平等な権利 第二原理：社会的・経済的不平等は、以下の二つの条件を満たす場合にのみ正当化される (a) 機会の公正な平等の条件の下で、すべての職務や地位に開かれていること (b) 最も不遇な人々の利益を最大にすること（格差原理）
これらの原理については、他の記事で詳しく解説していますが、ロールズはさらに重要なことを付け加えています。それは、これらの原理には「優先順位」があるということです。今回は、このロールズが考える優先順位が、公正な社会を考える上でなぜそれほど大切なのかを一緒に見ていきましょう。
ロールズが定める正義の二原理の「語順」
ロールズは、正義の二原理の間に明確な優先順位を設定しました。これは「語順（Lexical Order）」と呼ばれます。つまり、一つの原理が満たされない限り、次の原理に進むことはできない、という厳しい順序です。
ロールズの考える優先順位は以下の通りです。
- 第一原理（基本的な自由の平等な権利）は、第二原理（社会的・経済的不平等の調整）に優先します。
- 第二原理の中では、機会の公正な平等（第二原理a）が、格差原理（第二原理b）に優先します。
これを具体的に言い換えると、次のようになります。
- 最も重要なのは、すべての人が基本的な自由を平等に持っていることです。この基本的な自由が確保されている限りにおいてのみ、次に経済的な平等や不平等について考えることができます。
- そして、経済的な平等や不平等について考える際も、まずはすべての人が同じスタートラインに立つ機会が公正に与えられていることが保証されなければなりません。その機会の平等が確保された上で初めて、最も恵まれない人々の利益になるような不平等（格差）は許容されうる、と考えるのです。
なぜ「自由」が何よりも優先されるのか？
ロールズが第一原理である基本的な自由の平等を最も優先する理由は、その自由が「自己尊重」の基礎となるからです。
自己尊重とは、自分自身の価値を認め、自分の人生計画を実行する自信を持つことです。ロールズは、公正な社会で生きる人々にとって、この自己尊重こそが最も大切な「一次的善」であると考えました。
もし、言論の自由、集会の自由、政治に参加する自由、良心の自由といった基本的な自由が保障されていなければ、私たちは自分自身の考えを表現したり、社会のあり方について議論に参加したりすることができません。このような状態では、たとえ経済的に豊かになったとしても、人間としての尊厳や自己実現は難しくなります。ロールズは、原初状態（無知のヴェールをかぶった状態）で社会のルールを選ぶ人々は、こうした基本的な自由が何よりも大切であると判断するだろう、と考えたのです。なぜなら、自由がなければ、どのような人生計画を選ぶことも、それを実行することも不可能になるからです。
したがって、ロールズにとって、基本的な自由を制限して経済的な平等を達成しようとすることは、原則として許されません。 たとえ社会全体の富が増えるとしても、個人の基本的な自由が侵害されるような社会は、公正ではないと考えます。
なぜ「機会の平等」が「格差の是正」に優先するのか？
次に、第二原理の中での優先順位、つまり「機会の公正な平等」が「格差原理」に優先する理由を考えてみましょう。
これは、公正な社会において、誰もが能力や努力に応じて、社会的な地位や職務を得るチャンスが公正に与えられるべきだという考えに基づいています。家庭環境や生まれた地域といった、自分では選べない偶然の要素によって、人生の可能性が狭められるべきではない、ということです。
例えば、入学試験や採用試験を考えてみましょう。もし、ある特定の家庭の子どもだけが有利になるような仕組みがあったり、人種や性別によって不利に扱われたりするような状況であれば、それは機会が平等であるとは言えません。
ロールズは、このような機会の不平等が存在する限り、たとえそれが最も恵まれない人々の利益になったとしても、その経済的な不平等を正当化することはできないと考えます。まずはスタートラインでの公正さを保証することが先決であり、その上で、能力や努力の結果として生じる格差を、最も不遇な人々に配慮する形で調整する、という順序が重要だと考えたのです。
授業での活用のヒント：生徒への問いかけ
- ロールズは「基本的な自由」を経済的な平等よりも優先すると考えましたが、皆さんは、どのような自由が「基本的」だと思いますか？ それはなぜですか？
- もし、ある自由（例えば、特定の方法でお金を儲ける自由）を少し制限することで、社会全体の貧困を大幅に減らすことができるとしたら、それは許されるべきでしょうか？ ロールズの考え方と比べて、どう思いますか？
- 皆さんが考える「機会の平等」とは、具体的にどのような状態のことですか？ 生まれた家庭の経済状況は、機会の平等にとって問題になりますか？
- 「機会の平等」と「結果の平等」は同じでしょうか？ ロールズの正義の二原理は、どちらを重視していると言えますか？
- 皆さんの学校や社会に存在するルールや制度について、ロールズの正義の二原理の「優先順位」の観点から見て、公正だと言えるか、考えてみましょう。
まとめ
ロールズの正義の二原理における優先順位は、公正な社会を築く上での重要なメッセージを含んでいます。それは、個人の基本的な自由と、誰もが公正なスタートラインに立つ機会の平等は、経済的な豊かさや格差の是正に先立って保障されなければならない、ということです。
これは、私たちの社会で起こる様々な倫理的・政治経済的な問題を考える上で、非常に示唆に富む視点を与えてくれます。何よりも大切にすべきは何か、そしてどのような順序で社会の不正義を是正していくべきか。ロールズの『正義論』は、私たちにそのための羅針盤を示してくれていると言えるでしょう。