なぜ公正な「決め方」が大切なの? ロールズの『純粋な手続き的正義』を解説
なぜ公正な「決め方」が大切なの? ロールズの『純粋な手続き的正義』を解説
社会のルールや制度を考えるとき、「みんなにとって良い結果」を目指すことはもちろん大切です。しかし、「良い結果」とは何かについて、人によって考え方が違う場合、どのようにルールを決めるのが公正なのでしょうか。ジョン・ロールズは、こうした問いに対して、結果の「正しさ」を事前に決めるのではなく、「決め方」つまり「手続きの公正さ」そのものに焦点を当てる考え方を提示しました。
今回は、ロールズの『正義論』における重要な概念の一つである「純粋な手続き的正義」について、高校の倫理や政治経済で教える際に役立つよう、分かりやすく解説します。
手続き的正義にはいくつかの種類がある
ロールズが「純粋な手続き的正義」について語る前に、まずは「手続き的正義」という考え方にはいくつかの種類があることを理解しておきましょう。
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完全な手続き的正義(Perfect Procedural Justice)
- 「正しい結果」が事前に分かっている
- その正しい結果を確実にもたらす手続きが存在する
- 例:ケーキの公平な分配
- 正しい結果:「全員が同じ量のケーキを受け取る」こと。
- 手続き:「切る人が最後に取る」というルール。このルールに従えば、切る人は自分の分を最大限確保するために均等に切るしかなくなり、誰が切っても全員が同じ量を得るという正しい結果が保証されます。
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不完全な手続き的正義(Imperfect Procedural Justice)
- 「正しい結果」は事前に分かっている
- しかし、その正しい結果を確実にもたらす手続きが存在しない
- 例:刑事裁判
- 正しい結果:「有罪の人間だけが有罪とされ、無罪の人間は無罪とされる」こと。
- 手続き:陪審制や証拠調べなど、公正であるための手続きは存在しますが、それでも誤判の可能性はゼロではありません。手続きを厳格に行っても、必ずしも正しい結果が保証されるわけではないのです。
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純粋な手続き的正義(Pure Procedural Justice)
- 「正しい結果」は事前に分かっていない(独立した基準がない)
- しかし、公正な手続きが存在し、その手続きに従って導き出された結果は、どのような内容であれ「正しい」とされる
- 例:公正なくじ引き、公正なゲーム
- くじ引きやゲームでは、誰が当たるか、誰が勝つかといった「結果」は事前に定められていません。しかし、くじ引きの方法やゲームのルールが皆にとって公正であれば、その結果(当たった人、勝った人)は「正しい」と認められます。結果の内容そのものが正しいのではなく、手続きが公正だったから、その結果が正しいと考えられるのです。
ロールズはなぜ「純粋な手続き的正義」を重視したのか?
ロールズが社会の基本原則(正義の二原理)を導く際に重視したのは、この「純粋な手続き的正義」の考え方です。なぜでしょうか。
それは、現代社会が価値観の多様性を特徴としているからです。人々はそれぞれ異なる人生観や幸福観を持っています。何が「良い人生」か、何が「正しい結果」かについて、社会全体で一つの明確な基準を持つことは現実的ではありませんし、むしろ特定の価値観を押し付けることになりかねません。
そこでロールズは、結果の内容に焦点を当てるのではなく、社会のルールを決める「プロセス」(手続き)そのものを公正にすることに注目しました。公正な手続きさえ踏めば、たとえ結果の内容が事前に想定していたものと違ったとしても、多様な人々がその結果を受け入れやすくなると考えたのです。
この「公正な手続き」を考えるための思考実験が、有名な「原初状態(Original Position)」と「無知のヴェール(Veil of Ignorance)」です。
原初状態と無知のヴェールは「純粋な手続き的正義」を実現するための装置
無知のヴェールの下では、人々は自分の社会的地位、才能、価値観など、自分を特徴づける一切の情報を知らない「原初状態」に置かれます。この状態の目的は、特定の誰かに有利または不利になるような、偏った原理が選ばれるのを防ぐことです。
この無知のヴェールのかかった「原初状態」において、人々は全員が平等な立場で、自分たちの社会を規律する基本的なルール(正義の原理)について話し合い、合意形成を図ります。
ここで選ばれる正義の原理は、公正な手続き(無知のヴェール下の全員一致の合意)によって選ばれたからこそ「正しい」とみなされます。つまり、ロールズは、この原初状態という思考実験によって、「純粋な手続き的正義」を実現し、そこから導き出される正義の二原理に正当性を与えようとしたのです。結果の「正しさ」が手続きから生まれるという点で、これはまさに「純粋な手続き的正義」の典型的な適用例と言えます。
授業での活用ヒント:生徒と一緒に考えてみましょう
ロールズの「純粋な手続き的正義」の考え方は、生徒にとって少し抽象的に感じられるかもしれません。身近な例や問いかけを通して、この考え方の重要性を体験的に理解してもらう工夫が有効です。
- 問いかけ1:クラスの席替えのルールを決めるとしたら、どんなルールが一番公正だと思いますか?
- 「成績順」「出席番号順」「くじ引き」「話し合い」など、様々な方法が考えられます。それぞれの方法について、「なぜそれが公正(または不公正)だと感じるのか?」、「どんな結果になる可能性があるか?」、「その結果は『正しい』と言えるか?」などを議論することで、手続きと結果の関係について考えを深められます。特に「くじ引き」は、純粋な手続き的正義の例として適しています。
- 問いかけ2:社会にあるルールや制度(例えば、選挙の方式、税金の決め方、ゲームのルールなど)の中で、「手続きは公正に見えるけど、結果には少し疑問がある」と感じるものはありますか? 逆に、「結果は望ましいけど、手続きに問題がある」と感じるものはありますか?
- 生徒自身の経験やニュースで見聞きしたことに引きつけて考えてもらうことで、手続き的正義の考え方が現実社会とどのように関連しているのかを理解する助けになります。
- 問いかけ3:「原初状態」と「無知のヴェール」の思考実験を、実際にクラスでやってみるとしたら、どんなルールが必要だと思いますか?(例えば、どんな情報を隠すべきか、話し合いのルールはどうするかなど)
- 思考実験そのものをシミュレーションする形で考えることで、純粋な手続き的正義を実現するための条件について具体的に考える機会になります。
まとめ
ジョン・ロールズの『正義論』における「純粋な手続き的正義」は、公正な手続きそのものが、結果の正しさを保証するという重要な考え方です。価値観が多様な現代社会において、結果の「正しい」を事前に定めることが難しいからこそ、ロールズは「決め方」である手続きの公正さを徹底的に追求しました。
「原初状態」と「無知のヴェール」という思考実験は、この純粋な手続き的正義を実現するための装置であり、そこから導き出される正義の二原理は、手続きの公正さゆえに正当性を持つと考えられます。
生徒の皆さんが、身の回りにあるルールや社会の制度を見る際に、「どんな手続きで決められているのだろう?その手続きは公正だろうか?」という視点を持つこと。そして、公正な手続きがなぜ大切なのかを考えるきっかけとして、この「純粋な手続き的正義」の考え方を役立てていただければ幸いです。